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靖国神社と千鳥ヶ淵の蝉の声

2008/08/15 21:53

 

靖国神社に行って参りました。昨年も「ずいぶん参拝者が増えたなと思ったのですが、感覚的には昨年の倍近い参拝者の姿があったように思います。もちろん参拝した時間も違うのでなんとも言えないのですが・・・・。



地下鉄の九段下駅から靖国神社の境内まではほんのわずかの距離なのですが、たどり着くまでに随分時間がかかりました。帰りは千鳥ヶ淵に回ったのでのんびりと歩くことができました。

今年は昇殿参拝をさせていただきました。参拝が終わった後で神主さんの一人とほんの少しお話ができました。

「玉串料は1000円でも良いのです。以前はご遺族の方々には『冠婚葬祭の時と同じくらいの金額で』とお願いしていました。でも若い方にもどんどん昇殿参拝をしていただきたいので・・・。」

と仰っていたのが印象的でした。たしかに周りを見回すと若い方の姿も結構目につきました。

さて、本日の【主張】8月15日 日米の絆を確かめたいですが、まさにその通りと考えます。現在の我が国の外交での最優先事項は日米同盟の強化しかありません。
これはおよそ独立国としては考えられないような憲法を有しており、米国の協力無くしては拉致被害者を救出することすらできない国なのですから。

憲法とは国のありかたや、国と国民との関係を示すものだと思います。そして、国の最終戦事項は国民の生命財産を守ることであるはずなのに肝心の憲法がそれを阻害しているという笑い話のような状況におかれているのが現在の日本です。

私は8月15日に限らず、靖国神社に参拝するときはまずは日本を守るために闘ってくださったことへのお礼を申し上げ、最後に将来の日本の繁栄の礎になると信じて散華した英霊に「いつか必ず我が国は立ち直ります。それまでどうぞ見守ってください。」と申し上げることにしています。

>むろん外交は、相手国があってのものだ。米国の「変心」に備えて「自立性」を強めることも大切である。
>だが、その前にやるべきは、補給の継続などにより「同盟の成果」を示し、日米の絆(きずな)を確かめることだ。


私は国防については基本的には自らの力だけで守りきれる意思と装備が必要であり、それにプラスして同盟国をうまく利用するべきだと考えています。
戦後も63年経ったわけであり、そうそういつまでも米国の軍事力に頼り切っているわけには生きません。現実問題として米国北朝鮮よりの路線に梶を切りつつあるように見えます。我が国の周辺には日本を仮想敵国あるいははっきり敵国と認識している国ばかりです。北朝鮮との関係ははっきり「戦争状態」のようなものだと思いますし、韓国だって我が国の固有の領土を不法に占拠しているのですから、とても友好国などとは思えません。

さらに何をしでかすか分かったものではない中共が控えているのですから、我々国民一人一人が国防というものにもっともっと危機感を持つべきではないでしょうか。

>63回目の終戦の日を迎えた。日本列島はあの日と同じ蝉(せみ)しぐれの中で「鎮魂」の色に染まる。

今日も本当に暑い日でした。
千鳥ヶ淵の蝉の声をどうぞ・・・・




世の中は夏休みモードなのに私はまだ仕事が残っています。以前のエントリーのコメントへのお返事は改めて書かせていただきます。コメントを頂いているみなさま、どうかご無礼をお許しください。

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いまさらのような気が・・・・  とバンブーブレード

2008/08/09 20:29

 

我が家では父が存命の頃からずっと産経新聞を購読しています。もちろん子供の頃はどうして我が家が他の友達の家のように朝日新聞ではなく産経なのか分からなかったし、関心もありませんでした。ただ一つ困ったことは国語の授業の一環で朝日の天声人語を読めといわれたときです。あの先生は日本人は朝日を読んでいるべきだから必ずどこの家庭にも朝日があるとでも思っていたでしょうか・・・?

まあ、私の国語の先生のことはどうでも良くて、父が産経を評価していた最大のポイントは中国の文革批判の記事が元で北京を追放になってもなお、日中の政治三原則に屈することなく真実の報道を貫こうとする姿勢にあったのではないかと思います。

父は中国を敵視していたわけでは全くありません。むしろ唐詩を愛し、清朝の陶磁器を愛でるような人でした。と同時に心の底から愛国者だったのだと思います。終戦に際しては年齢が届かずに一兵士として国に尽くせなかったことを悔やみ本気で切腹しようとして祖母に鳴いて止められたそうです。

父が勤務jしていた会社の社訓(父の勤務先では「三綱領」と呼んでいるようです)の一番目は「所期奉公」です。父は子供の私に、「これは仕事を通じて社会に、日本国にご奉公するという意味なのだ」と実に嬉しそうに教えてくれました。

そんな愛国者であり、かつ中原に興亡した幾多の文明を愛しもした父ですから、きちんと批判すべきは批判する方がお互いのためだと考えていたのでしょう。

拉致問題に関連して政府がNHKに放送命令を出そうとしたとき、マスコミ各社はこぞって報道の自由の侵害を訴えました。しかし中共に遠慮して真実の報道から目を背け続けているような存在価値の一片もないマスコミ各社にそのようなことを言う権利は全くないでしょう。2000万ともも言われる中国人が虐殺された文革を礼賛することが報道の自由であるならば、そんな自由は犬の餌にでもしてやればよいのです。


と、今回の記事を読んでそんなことをつらつらと思い起こしました。


今日のアニメ

本当はエヴァンゲリオンで行こうと思っていたのですが、先日の朝青龍が相変わらずだという記事に接して「あ~、こいつは横綱ではないな」と思ったときにあるアニメの主人公の「この人は剣士ではない」というセリフを思い出したので・・・・・

そんなわけで本日のご紹介アニメは
バンブーブレード BAMBOO BLADE
です。

この作品は室江高校の弱小剣道部を舞台にした剣道アニメです。主人公は一年生のタマちゃんこと川添珠姫(かわぞえたまき)。
彼女の家は剣道場を経営していてタマちゃんはそこの一人娘です。体は本当にちっちゃいのですが、一度竹刀を持つとほとんど無敵状態になります。一瞬で自分の間合いに踏み込んで一本取ってしまう。

しかし、そんな強い彼女だからこそ「負けることを知らない」のが大きな弱点で、ストーリーは剣道部の他の部員の成長とタマちゃん自信の成長を描いて進んでいきます。

バンブーブレード ED曲




で、先ほどのセリフですが

ある高校剣道大会で競合の選手と対戦することになったタマちゃん。ところがその相手選手は試合前に卑劣な手を使って相手選手にダメージを与えるような人なんです。タマちゃんも騙されて足にケガをしてしまいます。

それでも試合に臨んだタマちゃんにいきなり体当たりをして鍔迫り合いに持ち込み、足のダメージを一層大きくしようとします。

その時にタマちゃんの言うセリフが「この人は剣士ではない」なのです。

タマちゃんは年上の男性相手にしか使わないよう自ら封印していた強烈な突きをいれて相手を吹っ飛ばします。まあ、その姿の格好良いことといったら!

試合自体は足の異常に気がついた顧問の先生が申し入れをして「棄権」ということになってしまうのですが、相手の選手はタマちゃんの気迫に精神的なダメージを受けてしまうというオチがつきます。

わたしも中学の頃は剣道部でしたがいかんせん男子校でしたから、共学校の剣道部も楽しそうだな~とちょっと羨ましくなりました(^^ゞ

ちょっと思い出話を・・・

私が在籍していた剣道部は中学一年から高校三年生までが一緒に稽古をするのですが、激しい緊張感の中にもとても楽しい剣道部でした。先輩方は本当に親身になって稽古をしてくださり、いまでも当時の部長の井上先輩、副部長の南雲先輩、高校三年生だった藤井先輩には心から感謝しています。

藤井先輩が卒業されるとき、賞状を入れるための額を後輩一同にプレゼントしてくれました。「いまの中学一年生が高校を卒業するまでで良いから、この額に入れるための賞状を獲得してほしい」とおっしゃった先輩のお顔街までも目に浮かびます。

ただ、実に情けない逸話もあります。

もう時効なのでここでばらしちゃっても良いかなと思うので思い切って恥ずかしい話の告白です。

先ほど書いたように我が剣道部は中一から高三まで揃っていて、そこそこの大所帯でした。稽古がある日は全員揃って目白駅まで歩いていくのも楽しみの一つだったんです。道場ではなく道すがら先輩から伺う剣道の話が意外なほど腑に落ちたり・・・。いわゆるinformal communicationの効用というやつでしょうか。

で、そんなある日も20人ほどの部員が竹刀を担いで目白通りを歩いていたのですが、そこに因縁をつけてきたコワ~イお兄さんが三人。言わずと知れた朝○高校のコワイお兄さん方です。

学校のホームルームでは「周辺校の学生に因縁をつけられたら無理をせずに時計でもなんでも差し出してしまえ」という実に情けない指導をされていたのですが、それでもこの場合は竹刀を担いだ20人からの部員がいるわけでオメオメと時計を持って行かれることはないと思っていました。
が!
ふと気がつけば先輩方みなさん黙って時計を差し出しているではありませんか。

中一の私は激しく失望しました。

しかし、失望した私は浅はかだったのです。その後にいつまでも憤っている私にある先輩が諭してくださいました。
「あの時はその気になれば俺たちが負けるはずは絶対になかった。しかし後日必ず我が校の生徒が復讐のターゲットになる。それも我々が襲われるのなら闘いようもあるが、なんの関係もない生徒が狙われる公算が非常に大きいのだ。だからあの時はギリギリで我慢したのだ。」

それで私は納得してしまいました。

たぶん今ならば
「それでも闘うべきです。我が校の生徒が何時までも狙い撃ちされるのは抵抗の姿勢を見せないからじゃないですか?」と言うのでしょうが・・・・。

あの頃の自分たちと現在の日本が重なって見えるのです。たしかに要求されるままに時計なり現金なりを差し出せばケガをしないで済みます。しかしその代わりに失うものも非常に大きいのです。剣道部も柔道部も高校生ともなればそれなりに腕に覚えのある先輩も多いのですが、それでも誇りを押し殺して堪え忍ばなくてはならないというのは実に辛いものがありました。

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喫煙?禁煙? 紫煙会支部設立記念エントリーとアニメ「攻殻機動隊」 

2008/08/04 18:36

 

車内は禁煙なのに…たばこ注意され運転手を暴行

まずはじめにお断りしておきます。
個人的には禁煙は悪いことではないと考えています。だから禁煙した人、禁煙しようとしている人に対して、禁煙それ自体についてとやかく言うつもりはありません。

しかし現在のような
喫煙者を蔑み、差別するかのような風潮が気味悪いだけです


さて、この記事の加害者は喫煙を注意されたことによって運転手さんに暴力をふるったと言うことだけがクローズアップされています。きっと、「だから煙草を吸うような輩は困るんだ」的な議論にしたいんでしょうね。←ちょっとうがちすぎカナ・・・?

でも、ちょっと考えてみてほしいんです。この加害者は
酒に酔っていたわけです
たぶん、普段は社会的常識もある普通の人なんでしょうが、酒に酔っていたことが怒りに拍車をかけてこのような暴行に及んでしまった理由ではないでしょうか?(ここで言う「怒り」とは昨今の
異様なまでの禁煙運動に対すものと推察します。)

つまり問題にすべきは、タバコ云々以前に酒に酔った人がタクシーの運転手に暴行を加えたと言うことで、酒と社会のありかたについての記事になるべきではないかと思うのです。

よく喫煙の自由を主張すると、本人が健康を害するだけなら良いが他人の健康も害するから駄目だというように反論されます。

しかし、もっともっと
直接的な被害を他人に与えるものはそこら中に転がっているのではないですか?
この記事のように、酒によるケンカでとばっちりを受けた人はどのくらいいるでしょう?酒を無理矢理勧められて(仕事をしていれば断れない酒も多々あります)、あげくの果てに入院生活を送ることになった人間を知っています。ちなみに私自身のことです。

そのとき医者から「酒は絶対にやめるように」と言われましたが、二つ返事で「お任せください!全く問題ありません。もともと飲めませんから」と答えたときのキョトンとしたドクターのお顔が忘れられません。

電車の中で臭い息を撒き散らす酔っぱらいも迷惑だし、酔った勢いで女性に乱暴する馬鹿者は後を絶ちません。そもそもお酒が原因で亡くなった方はいままでどれくらいいるんでしょう?

それどころか酒が原因で発生した重大事故ってどれくらいあるでしょうね?

でも、だからといって私は酒を禁止しろなどと言うつもりはさらさらありません。だって、飲酒は成人にだけ認められる嗜好品なのですから、お酒をたしなむ人の良識に期待するだけです。

自動車はどうでしょう?きっとタバコによる被害よりはるかに大きい被害を人類にもたらしてはいませんか?これまでに排出された排気ガスはもちろん、直接的に人命を奪った事故が世界中でどのくらいあるのでしょうか?

タバコが他人に迷惑をかけるからやめろと言う禁煙推進派の皆さんは、是非とも自家用車を廃車にしてくださいね。もしかしたら明日あなたの車が誰かをひき殺すかもしれませんよ。

飲酒運転による死亡事故のことを考えると、飲酒と車って最強の2トップですね。

6月24日の【野菊】禁煙がもたらす幸せ には禁煙にともなう幸せが列挙されていますが、自動車が無くなった場合でも列挙できる幸せはたくさんあります。

まず、ガソリン代をはじめとする年間に換算したら決してバカにならない維持費が節約できる(きっと禁煙による経済的節約の何倍も節約できるはずです)。

世の中の空気が綺麗になる。きっと夜空の星も見やすくなるだろうな~

交通事故で命を落とす人が激減する。無条件にすばらしいことです。

石油資源の莫大な節約に直結する。

・・・・・・・・・・

自動車メーカーに大損害が発生する?そんなの禁煙推進派の方々にとっては何の問題にもならないのでは?タバコで生計を立てている人も大勢いるんですから。

いっそのこと物流にかかわるような車以外は全部禁止にするような運動でも起こしてはいかがでしょう?禁酒法を制定するように政府に働きかけてみても良いのでは?

あ、誤解無きように申し添えれば、私は酒は飲みませんが車は大好きです。小学生の低学年の頃は父が新車を買うたびに、納車されてから一週間は車の中で寝ていました。車の運転なら一人で何百キロ走って苦にはなりません。
上記の文章は忸怩たる思いを感じつつ断腸の思いで書きました。


と、まあ、
あえて大人げなく極端な話を展開しましたが、嫌煙・禁煙派の人々がやっていることって実は同じようなものです。

『(ナチスによる)健康キャンペーンはやがて「人体を蝕むがん、社会を蝕むユダヤ人」というレトリックに用いられた。』
~正論9月号「たばこのみを狙い撃つ”空気”への大いなる違和感 花岡信昭~より引用

タバコも酒と同じく大人にだけ認められた嗜好品です。本来であれば吸うのも吸わないのも個人の自由でしょう。タバコや酒が成人にだけ認められているのは、何も発育途上の体に良くないことだけが問題ではなく、自分の行動に責任を持てるかどうかという点も考慮されているのではないでしょうか?

そりゃあ、煙草の煙が嫌いだという人の近くで煙草を吸うのは明らかなマナー違反です。ぐでんぐでんに酔っぱらって電車内で迷惑をかけまくる連中と同列ですね。

喫煙とは要するに嗜好品をたしなむものとしてのマナーの問題であり、決して国や他者に禁煙を押しつけられるものではないはずです。被害妄想かもしれませんが、禁煙推進派の人々の喫煙者に対する態度にはナチスがユダヤ人を見たのと同様の悪意を感じることがあります。

自分と異なる嗜好を持つ人を認めない。

これは明白な差別です。


今日のアニメ

今日ご紹介するアニメは

攻殻機動隊GHOST IN THE SHELL
です。



下記でご紹介しているビデオは2作目の劇場版となる「イノセンス」の紹介ビデオです。監督は先日ご紹介したうる星やつらでも長く監督を務めた押井守氏であり、日本のアニメの一つの到達点とも言われる作品です。物語の世界観や美しく高度なアニメーション技術が各国で高く評価されました。

あと、音楽がとっても良いんです!!是非とも一番下のビデオをちょっとだけでもご覧になってみてくださいね~


あらゆるネットが眼根を巡らせ
光や電子となった意思を
ある一方向に向かわせたとしても
”孤人”が
複合体としての”個”になるほどには
情報化されてない時代・・・


作品の舞台は第3次世界大戦が終結した後の世界で、義体化した体を持つ人々が多く暮らす社会です。脳だけは本来の自分の脳があるようで、いくら完全義体化しても脳がある限りはここにゴーストが宿ると考えられています。
もちろん、多かれ少なかれ脳も電脳化されています。

この電脳化がくせ者で、凄腕のハッカーになれば特定の人の電脳をハッキングして、架空の映像を見せたり、目の前に有るものを見えなくしたりもできます。さらに行動を自由に操ってしまうことさえできるんです。

そのような社会における犯罪に対処する「公安9課」のメンバーが作品の中心人物となります。かなりSF的な設定の作品ですが、扱っているテーマは高齢化問題、難民問題、ネットを利用した犯罪など現代社会が抱える問題を多く扱っており、社会派の作品であるということもできると思います。

公安9課のメンバー



なんと言っても装備が格好いいんです。まずは「光学迷彩」。これをオンにすると姿が見えなくなってしまいます。また、人間同士の情報交換に際してもお互いに有線接続をして情報を共有することができたりもします。

作中のどの登場人物も個性があり、非常に興味深い人物像のキャラクターばかりです。全身を義体化してほとんどサイボーグに近い元軍人、かたくなに電脳化や義体化を拒み続ける男、そして何よりヒロインの草薙素子・・・。超が憑く美人でスタイルも抜群ですが、公安9課のの誰も敵わないほど戦闘能力に優れたキャラクターです。

また多脚型戦車型AIロボットのタチコマはメチャメチャ可愛いです。最期は日本を核攻撃から救うために自らを犠牲にしますが・・・・。そのシーンはちょっと泣けてしまいます。どんなふうに核攻撃を阻止するかはネタバレになるので割愛しておきます。

草薙素子とタチコマ



社会派作品といいつつも純粋にエンターテイメントとして存分に楽しめる作品ですので機会があれば是非ともご覧になってください。面白いですよ~~^^

劇場版イノセンス紹介ビデオ(音楽=Follow me)



攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG オープニング






関連作品(制作時系列順)

GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊(劇場版第一作)

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX (テレビ第一シリーズ)

攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(テレビ第二シリーズ)

イノセンス(劇場版第二作:第一作の続編)

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society (テレビ版長編作品)

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憂国議員紫煙会(略称:紫煙会) 大和心を人とはば支部を設立

2008/08/04 16:37

 

「憂国議員紫煙会(略称:紫煙会) 大和心を人とはば支部」を設立します。(^^)

※ まだ設立準備中です。以下は意見に依って変更します。

「紫煙会」の趣旨

・税制の本質を考えない、庶民の僅かな楽しみであるたばこ増税に断固反対します。(^^)
・私利私欲に走らない国民・国益を考えて行動する議員の支援を行います。(^^)
・日本を愛する事。(^^)

「紫煙会」の入会規約等

・会長はとりあえず「珈琲好き」が務める。
・入会・退会は自由。
・会費は無料。
・喫煙者ではなくとも歓迎。
・喫煙者は推定信者とする。
・推定信者数、現在2600万人 (現在、日本最大の宗教組織です)

「紫煙会」支部、設立について

・紫煙会の趣旨に賛同し、支部を開設される方は以下の事項に沿って設立&広報を行って下さい。
・ブログのフォルダー(分類等)に「紫煙会」を作成し「紫煙会 総本部」のコピーエントリーを作成する事
(支部を名乗る部分は任意に追加・変更してくださいね)
・支部名はハンドル名でもブログ名で構いません。(支部名に悩んでられるようなので)
・支部を作成された方は、総本部の 「紫煙会」支部一覧 にトラックバックしてくださいませ

※組織が大きくなれば、各都道府県本部。更に発展すれば都道府県本部を統括する地域本部(九州本部等)を再編成する可能性があります。

「紫煙会」会員の義務

人権擁護法案、外国人参政権、男女共同参画等の売国法案には徹底的に反対する事
・売国法案に議員HP&ブログで公式反対表明している議員を支援する義務を負う
・「紫煙会」の銘のある議員を応援・支援する事。
・新聞各社の記者は社内の売国行為をリークする事。朝日記者は特に。^^;
・左翼内信者は左翼運動を内部から撹乱し可能な限り妨害を行う事。
・分煙に努力し可能な限り非喫煙者に迷惑を掛けない事。
・広報に努める事。

「紫煙会」支援議員の義務

・選挙ポスターもしくは公式HP&ブログに「紫煙会」支援議員がわかるようにする事(政党は不問)
人権擁護法案、外国人参政権、男女共同参画等、売国法案には徹底的に反対する義務を負う
・公式HP&ブログで売国法案への反対運動の成果を時々報告する事。
・タバコ増税には超党派で徹底的に反対する事。
・タバコが迷惑を掛けないようにする研究補助金をタバコ税収の中からほんの少し確保し大学等の研究施設・研究者に与える努力をする事

「紫煙会」支援議員のメリット

・選挙に掛かる負担が激減出来ます。(^^)
・ポスター貼り等の支援者もブログで呼びかければ支援者が沢山支援します。
・私利私欲に走らず「儂の目の黒いうちはたばこ増税は絶対させん」と行動さえして貰えば一生安泰です。



とりあえず、思いつくのはこんだけ・・・。
会員から提案があれば、コメントお願いします。(^^)
気に入れば追加します。(^^)

※ 広報活動推進のため、しばらくTOP記事にします。
※ 「コピペ・転載」は全てフリーです。承諾を得る必要はありません。
※ 宗教色を廃します。「紫煙会」の主張は、「紫煙会」の趣旨に統合

「紫煙会」を宣伝してね
総本部@紫煙会

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拉致問題と福田首相

2008/08/03 23:33

 

中山大臣のご尽力には本当に頭が下がります。ご苦労も多いでしょうが是非とも頑張っていただきたいと思います。

それにしても福田政権の元での拉致担当大臣に就任されるには大きな自己犠牲的な決断が必要だったと思います。なにしろ肝心の首相に拉致問題を解決する積極的な意思が見られないのですから・・・・

たぶん選挙に備えて国民の目を欺くためだけに中山氏に就任要請をしたのでしょう。中山氏が何かをしようとしても、結局はなにもさせないのではないかと危惧しています。

もしも首相に拉致問題を進展させる意思があるのならば、アメリカテロ支援国家指定解除に断固とした態度で反対するべきでした。テロ支援国どころか現在進行形の犯罪国家なのですから。



ご存じの方も多いビデオだとは思いますが・・・・・

こういったビデオを見ると、この人達には国民に対する愛情なんてこれっぽっちもないのだと痛感します。

下のビデオで加藤氏は「国と国との約束だから蓮池さん達は一度北朝鮮に返すべきだった。」と語っています。たしかにまともな国家間の約束ならば厳密に守らなくてはなりません。明治以降も昭和の戦後も、どんなに辛くても我が国は国際条約はきちんと守ってきました。

しかし、拉致問題はそもそもの発端が北朝鮮による犯罪なのです。しかも彼らはタバコの密造や麻薬の密売も国家ぐるみで行っている犯罪者集団なのです。

そんな国との約束を国や政治の第一の目的である国民の生命を守ることより優先させようとするのが我が国の政権中枢に居座っている政治家の考え方なのです。





もう一人変な政治家

「蓮池さん達は北朝鮮に返しておくべきだった・・・。国家と国家との約束だから。」


加藤さんにとっては拉致問題に金正日は関係ないと思いこんでいるようですよ。

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源氏物語とPLAYBOYとARIA

2008/08/02 16:30

 

今年も8月が巡ってきました。亡国内閣の首班である福田首相が靖国神社に参拝することなんて金輪際無いでしょうが、今年も15日の靖国神社は賑わうことだと思います。



まずはじめに恥をさらしておきます。恥ずかしながら源氏物語の紫式部による原本が残っていないということをすっかり忘れていました。よくよく思い出してみれば学生時代に一般教養科目の中で確かに教わっていたのに・・・。ふる~いノートを引っ張り出してみたらちゃんとアンダーライン付きで書いてありました(^^ゞ

さて、こうなってくると相次ぐ写本の発見というのはとても興味深いものです。表現が異なっていれば受ける印象もかなり異なってくるでしょうから早く読んでみたいものです。

>「読むのが楽しみ。古い表現が残存している可能性がある」 大沢本を確認した国文学研究資料館(東京)の伊井春樹館長は、そう語った。

羨ましいです。こういうときほど研究者が羨ましいと思うことはありません。まだほとんどの人の目に触れていない文化遺産に真っ先に目を通すことができるんですからね。そういった意味では考古学者も羨ましいと思うことがしばしばあります。

かつてパキスタンで暮らしていた頃、京都大学からガンダーラ関係の発掘調査に来ている教授が我が家に滞在されたことがあります。先生の滞在中は発掘の様々な話を伺うことができましたが、まるで少年のように瞳を輝かせながら楽しそうにお話になるお顔がいまでも印象に残っています。

さて、失われてしまった文化遺産といえば源氏物語絵巻もそうです。そもそもどうして「巻物」のカタチだったものを裁断などしてしまったのか・・・・。まあ、ほんの一部が残っているだけでも僥倖とは思うのですが、すべてが揃っていたらどんなに素晴らしいだろうと残念でなりません。

源氏物語絵巻(東屋)徳川美術館蔵



そういえば佐竹本・三十六歌仙絵巻も悲惨です。これは「犯人」が断定できます。そもそも最期に所有していたのは「虎大尽」山本唯三郎氏。かれが何らかの事情でこれを手放す決意をしたときに、一人で購入できる人がいなかったため品川御殿山なる益田太郎氏の邸宅に数寄者40名が集まってばっさばっさと切断してしまったんだそうです。時に大正8年12月20日の出来事です。ちなみに益田太郎氏とは三井物産の創始者です。当時の東京新聞によると、この時の最高値は「斎宮女御」の4万円で、総額では37万8千円になったそうです。このころの大工さんの日当がおよそ3円といわれていますから大工さん350年分くらいの日当と同額になります。

三十六歌仙絵巻(斎宮女御)



私は欧米の植民地主義に敢然と立ち向かった明治人には心から敬意を表する者ですが、日本文化の破壊という点においては大きな怒りを覚えます。

よく明治維新によって文明開化が始まったと言われますが、本当に「開化」なのでしょうか?どちらかと言えば単に「西欧文明の摂取」にしかすぎず、文明の変化でしかなかったように思います。そこでは多くの日本の美しき点が切り捨てられたのではないでしょうか?このあたりのことについては以前に阿比留記者にご紹介いただいた「逝きし世の面影」を一読いただけると分かりやすいと思います。

まあ、当時としては仕方がないことだったのかもしれませんが、例えば歌麿の絵なども開国後にやってきた欧米人が評価したからこそ国内でも再評価されたという経緯があるようです。我々が「浮世絵」といってまず思い浮かべるのは役者の顔を大きく描いた図案のものがほとんどだと思いますが、本来江戸の庶民に最も愛されたのは芝居の一場面を描いた構図の、ものだったようです。

しかし、さすがに日本の芝居までは知らなかった外国人には理解できず、分かりやすい絵柄のものだけが評価されたわけですね。もっとも、芝居絵にしても現代のアイドルのブロマイドや映画のチラシのようなものかもしれず、古くなったものは普通に瀬戸物をしまうときの包装紙代わりにも使われていたようです。つまり江戸期の日本人にとっては高尚な芸術はまったくなく、とても身近な庶民の楽しみにしか過ぎなかったのでしょう。

話がかなり脱線してしまいました。源氏物語に話を戻します。

私は本当にたまになんですが、現代語に訳されていない源氏物語を読んでみることがあります。それもちょっと恥ずかしいのですが声に出して「音読」をしてみるんです。

もちろん理解できないところだらけなのですが、それでも読み進めると不思議と描かれている情景が分かるようになってくるし、独特の「音」が実に心地よく感じられてくるようになります。よく、「読書百遍意おのずから通ず」などとも言いますが、やってみると病みつきになるので是非一度お試しになってみてはいかがでしょうか?

これも当時と言語の根幹が大きな変化を起こしていない母国語を持つ幸運だと思います。英語の場合だと古英語は専門の研究者でもない限り全く理解できないそうですからね。


さて、本日のもう一つの話題です。

PLAYBOY日本版が終刊 11月発売の2009年1月号で

う~~ん、時代の流れかな・・・・・

たしか小学校の高学年か中学に入ったばかりの頃だと思うのですが、父が会社の帰りにPLAYBOY創刊号を買ってきてくれました。まだおっかなくて女性のヌード写真が掲載されている雑誌なんて買えなかった年頃でしたから、と~~~っても嬉しかったことを覚えています。母や妹に見つからないように隠し場所を工夫しましたっけ。でも、今にして思うと全然ポルノっぽくなくて「きれいな」写真が多かったように記憶しています。

今月号のPLAYMATE(PLAYBOY OFFICIAL SITEより)


PLAYMATEと呼ばれるアメリカ人のお姉さんのばい~んばい~んなボディにもときめきましたが、読み物もすごく面白かったと思います。特に創刊号ではノーマン・メイラーが取材したフォアマンとアリの対決に関する記事はメチャメチャ面白かったです。

これは後付けの知識ですが、当時にはこういったコンセプトの雑誌は国内にはなかったようで、良くも悪くも大きな影響を受けた雑誌だったようですね。

ただ、環境のなせる技かもしれませんが、私はあの頃から和服姿の女性が醸し出す美しい色気の方がずっと魅力的だと思っていました。母の実家の長唄の演奏会などに行くのも楽しみの半分は和服姿のお弟子さん達を「鑑賞」するのが目的だったような・・・・・。

たいへんかもしれませんが世の女性の皆様・・・・・・・もっともっと和服をお召しになってくださいませ~~~


今日のアニメ

さて、これから少しずつ私が今までに見た中で気に入ったアニメをご紹介していきたいと思います。
実は私は根っからのアニメっ子でした。鉄腕アトムに始まって見てきたアニメの数はどのくらいになるでしょう。どれが一番かと聞かれるのが一番困ります。たぶん20世紀のアニメまで含めたら同率首位で100近くのアニメが並んでしまうような気がします。

したがってここでは主に21世紀に入ってから見た作品を中心にご紹介したいと思います。それならば見る機会もグッと減っているので数もそんなに多くはないですから。

そんなわけで栄えある第一回目のご紹介作品は天野こずえ氏原作の「ARIA」です。これは是非ともご家族揃ってご覧になっていただきたいと思う作品です。
実を言えば私がこの作品を知ったのは昨年の大晦日でした。そもそもは姪っ子に頼まれたアニメを録画するために契約したAT-Xというアニメ専門チャンネルで、通常の放送をすべてキャンセルして丸一日かけてARIAのファーストシーズンとセカンドシーズンの全話一挙放送というのをやっていたんです。たまたま朝起きてテレビをつけたら第一話の放送が始まったところで、試しにと思って見始めたら結局終わるまでテレビの前を離れることができませんでした。

大ざっぱなストーリーはAQUAと呼ばれるようになったテラフォーミングされた火星にあるネオ・ヴェネチアという街で、一人前のウンディーネになるための修行を続ける水無灯里と彼女を取り巻く人々が醸し出す物語です。
ウンディーネというのはネオ・ヴェネチアの水路を使ってゴンドラで観光案内する女性のことです。ちなみに設定ではマン・ホームと呼ばれる地球は環境破壊のため水位が上がり、本家本元のヴェネチアは水没しているし、地球で育ったヒロインは海で泳いだことすらないということになっています。

ストーリーは基本的には「日常」を描くものですが、ときどきファンタジー食の強い物語が混じります。そして、特に衝撃的な出来事やものすごく感動するようなイベントがあるわけではないのに、見終わると胸の奥がとっても温かくなって気がつくとジワ~ンとしている自分に気づいてしまう・・・。そんなストーリーのアニメです。

舞台はネオ・ヴェネチアということになってはいますが、随所に古き日本の美しい佇まいなども盛り込まれていて、作者の人柄が偲ばれる作品です。



とにかくとてもSFっぽい設定なのに、ストリー自体は実にアナログなんです。テラ・フィーミングが完成していて、地球火星間でビデオチャットができる世界なのに、AQUAではすべてが「手作り」の雰囲気を醸し出しています。

きっと、作者はデジタルな世界も楽しいけど、人の手の温もりや人と人とがふれあう暖かさを表現したいんじゃないかと思います。

AT-Xのサイトの宣伝によれば、これはヒーリングアニメということになっていますが、まさにその名に恥じない作品になっていると思います。現在はサードシーズン(完結編)の放送も終了しており、ファーストシーズン、セカンドシーズンはすべてDVDになっていてレンタルできます。機械があれば是非一度ご覧になってみてください。和くてあたたかい涙を流したいときに最適です^^

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漂流する国

2008/07/31 21:21

 

世界広しといえども、我が国ほど国家主権に無頓着な国は無いのではないか。自国民が不法に海外に拉致されていても、自国領を外国によって占領されていてもヘラヘラ笑いを浮かべた交渉とも言えない交渉でお茶をにごしている現状に、腹立たしさや怒りを通り越して呆れかえって笑うことくらいしかできない自分が哀しい。

世の中で安倍内閣に批判的な人が実際にどのくらいいるのかは把握できないが、個人的には非常に高く評価している。第一に教育基本法を改正したこと。第二に国民投票法案を成立させたこと。

この2点だけでも大いに評価して良い内閣だったのではないか。

我が国には日本国憲法第9条と言う世にも奇妙な条項を有する憲法が存在している。憲法とは「国のありよう」あるいは「国と国民のありよう」謳うものだと理解しているが、そうだとすれば9条の存在は大いなる自己矛盾であろう。

国家とは領土とそこに暮らす国民必ず存在し、そこには何が何でも守らなければならない主権がある。主権を疎かにすれば国家の存在意義の第一である「国民の生命財産を守る」ことができなくなるからである。

ところで、我が国以外の国々は「戦争は外交の延長である」と考えている。そういった国々と外交交渉を行えば軍事力の行使が不可能な我が国には最終的な発言権は存在しない。国益と国益は衝突するものだし、交渉で解決できなければ最期に物を言うのは力である。仮に我が国が外国軍隊に攻撃されて占領されたとしよう。その場合に真っ先に実施されるのが憲法の停止である。他国に占領されれば主権は失わるのである。そういった意味で9条の存在は憲法の目的を考えた場合に自己矛盾だと言えるのである。

なにも好きこのんで戦争をする必要はないし、外交交渉における戦争は最悪の一つ手前の選択である。しかし、降りかかる火の粉は払うべきだし、国民と領土を守るために、場合によっては闘うことも絶対に必要なことだと考える。

人間は生きていく上で闘わなければならない場面というものがある。それを避けてしまえば残された道は他者に従属する道しか残されない。自らの足で立ち、自らの意思で生きていくためには絶対に逃げてはいけないということはあるのだと思う。
これは国にとっても同様であろう。

ところが現在の我が国の政治家や官僚の多くは主権が侵害されまくっているにもかかわらず、根本的な解決策を見いだそうとせず、ただいたずらに時間だけを費やしている。

たしかに9条の縛りはある。しかし現実に自国領土が侵害されており、自国民が拉致されているのである。これは明白に戦争状態であり、速やかに問題解決の行動を起こすのが当然である。本来であれば直ちに自衛隊を竹島に派遣するべきだし、尖閣諸島近海にも派遣するべきなのである。あるいは日米安保条約に則って米国に対韓参戦を促すべきである。もしも米国が動かなければ(その可能性の方が圧倒的に大きいと思うが)、それはそれで片務的な日米同盟の有効性を信じている人々の目を覚ますいい機会になるであろう。

かかる状態を放置しているような政治家や官僚を指すのに便利な言葉がある。

売国奴

拉致問題がいっこうに進展しないのも、北方領土が返ってこないのも、竹島の領有権を失おうとしているのも、ガス田問題で自らの主張を貫けないのも、すべて交渉における切り札を有していないからであり、それを口実に事態に対処しない政治家と官僚、更に言えばそうした政治家を選んでいる国民自身の問題でもある。

われわれは当時の超大国であった随に膝を屈することなく対等な外交を目指した聖徳太子、唐・新羅連合軍から百済の救援に向かった中大兄皇子、元の要求に最期まで屈しなかった鎌倉武士、押し寄せる植民地主義に敢然と立ち向かった明治の人々、その意思を受け継いだ昭和初期の人々に顔向けができるだろうか?後の世の礎になると信じて散華した英霊に対してなんと言ってお詫びすればいいのか。

もしかすると大東亜戦争の敗戦と同じようなインパクトのある改革が必要なのではないかと思う。平成維新の必要性を強く感じる今日のこの頃である。

え~~、ことが後先になってしまいましたが、長々と更新が滞り申し訳ありませんでした。久しぶりに自分のブログを覗いてみてビックリです。アクセス数が以前よりも増えている・・・・。なぜ・・・?
きっと何かのキーワードでヒットして訪問してくださった方も多いのでしょうが、更新が1月1日で止まっていることに腹立たしい思いをされた方が多いと思います。本当にごめんなさい(m_m)


さてさて、本日のもう一つの話題です。

「うる星やつら」「めぞん一刻」るーみっくわーるど銀座に出現 高橋留美子展始まる

この記事を読んだときは懐かしいやら嬉しいやら・・・・
かつて高橋瑠美子さんの漫画やそれを原作としたアニメが大好きでした。特に「うる星やつら」は毎週欠かさずに観ていたものです。あの頃はラムちゃんは永遠の恋人」なんて思っていました。もちろんガールフレンドの前ではおくびにも出しませんでしたが(^^ゞ



主人公の諸星あたるは女の子が大好きな高校生・・・・・。親近感が湧きます。

そういえばあの頃3つ年下の妹は

「オニイとはいっしょに外に出たくない。だってちょっと可愛い子がいるとものすっごく嬉しそうな顔をするんだもん!オニイは我が家のあたる君だね(`ヘ´) プンプン。」

な~んて言われてましたっけ。でもねえ、仕方ないじゃない・・・・、ねえ。

と、自虐プレイによる恥さらしはこの辺でやめておきます。

私の友人に出版関係の男がいるんですが、前に彼から聞いた話では多くの有名漫画家は売れっ子になると自分では構想を練ったり最終チェックをするだけで実際に漫画を描くのはほとんどがアシスタント(というよりはゴースト?)なんだそうです。でも、高橋さんだけは別で、どんなに売れるようになってもアシスタントは使うことがあってもちゃんと自分で漫画を描いているんだそうです。この辺に名作を送り出し続ける秘密が隠されているんでしょうか?
なにしろ高校3年生の姪っ子と高橋瑠美子作品の話題で盛り上がれちゃうんですからね~。彼女は当然ながら最近の作品の愛読者なんですが、私の本棚から古いコミックを引っ張り出して読んでいるみたいです。

ところで、日本の漫画やアニメってあいかわらず質の高い作品が多いと思います。実はネットのお蔭で世界のあちこちに友達ができつつあるわけですが、その中の多くの人が日本のアニメのファンです。

たとえば・・・・
去年の暮れに知り合ったマレーシア人の16歳の男の子は「ナルト疾風伝」の大ファンなんだそうです。彼はいまは一生懸命に日本語の勉強をしています。それは日本のアニメを日本語で見たいからだといいます。ときどきメールに「hiragana o oboemasita」な~んて書いてきてくれます。
40歳のドイツ人は宮崎アニメと攻殻機動隊が大好きだと言っていました。DVDは全部そろえているそうです。さすがは会社経営をしているだけあって、アニメに対する投資も「大人買い」をしているようです。彼も地道に日本語学校に通っているんだそうです。

Stage6(いまはサービスを停止してしまった)やveohといったサイトで「anime」「animation」で検索するとそのほとんどが日本のアニメです。英語、ドイツ語、フランス語、ポルトガル語、ロシア語、イタリア語、中国語・・・。さまざまな言語の字幕をつけたアニメがアップロードされています。たぶん著作権法には違反しているとは思いますが。

ちなみにいまさっき検索してみたらおよそ57000件のアニメがヒットしました。いまでは「ANIME」でも海外で通じる言葉になっているそうです。

日本で漫画やアニメの文化が花開いたのは決して偶然ではないと思います。古来、我が国では物語と絵を組み合わせるということが行われてきました。様々な絵巻物語がその嚆矢となりますが、考えてみると和歌の連綿体による散らし書きも絵画的な要素が多いと思います。中国の有名な書家の書を見ると、文字がビッシリと書き込まれているケースが多いです。しかし、和歌の散らし書きは文字の美しさだけではなく、余白というか空白部分の使い方を含めた美しさがあるように思います。

よく鳥獣戯画が漫画の原点と言われますが、たぶんそれよりずっと昔からその萌芽があったのではないでしょうか。

では中国の有名な書家である王義之の書と日本の連綿体による書を並べてみます。
これはどちらが優れているかという問題ではなく、それぞれの違いを見ていただきたいと思います。

ちなみに和歌の方は太政大臣三條實美によるものらしいです。



↑連綿体による書



↑王義之の書(般若心経)

いかがでしょうか?なんとなく彼我の違いがお分かりになりませんか?

私は祖父と父に書を教わったのですが、祖父から手ほどきを受けるときはこの王義之の文字を手本にしていました。個人的も大好きな書家です。

でも、かな文字による散らし書きを見るときのような柔らかく温かい感じは受けません。むしろ「強さ」とか「凛々しさ」といった印象を受けます。やはりどちらが良いという問題ではありませんが、やっぱり和歌の方が好きです。日本人のDNAのせいかな?

日本のアニメは世界の人々を引きつける力を持っています。アニメが日本のその他の文化を知るきっかけになってくれればすごくいいことだと思います。

一般的にどの国にも文化はありますが、文明となると話は別です。文明と呼ばれるためには他国から「憧れの目」で見られることも必要条件であるという話を読んだことがあります。そう言った意味で日本文明はまさに文明の名に値するものだと思います。

 

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謹賀新年  ~映画「明日への遺言」を観て

2008/01/01 04:11

 




明けましておめでとうございます
 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます


 


 

またしても長期にわたり更新を滞らせてしまい大変申し訳ありませんでした。現状ではなかなかブログの更新をする余裕がないのですが、今年こそ少しずつでも更新できればと思っております。

これからは時事ネタばかりではなく、このブログの本来の目的である日本文明の様々な面に焦点を絞った投稿をしていければと思います。もっとも日々のニュースに接していると、ついつい噛みついてしまいたくなる出来事が多いのでどこまで初心に返れるかは解りませんが・・・・^^;



という訳で新年の第一弾の話題として3月から公開される「明日への遺言」という映画の試写会を観た感想を書いてみたいと思います。

そもそも映画の試写会を観に行ったのは10年ぶりくらいなのですが、今回は幸いにもチケットを手にすることができました。内容は大東亜戦争後に戦犯として訴追された元東海軍司令官・岡田 資中将の裁判の再現を中心に描かれたものです。裁判の場面は実際の資料に基づいて再現されたようで、実際にあったことを淡々と描いています。

しかし、映画の中で何度も登場する言葉ですが、岡田中将がどうして自決の道を選ばずに裁判に身を委ねたのかを理解するキーワード「法戦」に関して懇切丁寧に描いています。武器による闘いは終わったが、記録が残る裁判という場で日本の主張を貫くことが後の世にに生きる日本人のためになるという中将の信念に胸を打たれました。

岡田中将の慧眼には感服します。実際に現在でも中共による執拗なプロパガンダによって大日本帝國悪玉論が世界に向けて発信されています。戦前の日本が全面的に悪かったのだという世界観はひとり中共に限らず連合国の共通認識でもあります。そして多くの日本人もその通りだと思いこまされているのではないでしょうか?

だからこそ、今一度歴史をふり返って実際には何があったのか、どういう原因と経緯でどういう結果が生じたのかを冷静に見つめ直すことが必要と考えています。

そう言った観点からこの「明日への遺言」は実に優れた映画であり、公開されたら是非ともご覧になることをお勧めいたします。

少し残念だったのは映画の内容に対して上映時間が短かったのではないかと言うことです。かつて東条元首相に焦点を当てた「プライド」という映画がありましたが、あれくらいの時間があれば岡田中将と裁判官や検察官との心理的葛藤の推移などをもう少し解りやすく的確に描くことができたのではないかと感じました。

いままで、「もう少し短くできたら名作になったのに」と思った映画はたくさんありましたが、逆に感じたのはたぶんこの映画が初めてです。

でも、これはこの映画が持つ大きな価値を損なうものではありません。現代に生きる一人の日本人として岡田中将のような先達がいらっしゃったということを知るためだけでも一見の価値があると思います。

岡田中将への訴因は、名古屋への空襲に参加して撃墜されたBー29のパイロットに対する処刑が戦争犯罪であるというものです。

しかし中将の高潔な人格に好意を持ち始めた裁判官は裁判の最後に「あなたの行ったことは報復ではないのか?」と問いかけます。もしも中将が「報復である」と応えれば無罪にできるのです。それは戦争中に生命や財産を侵害された場合には報復しても良いという法律が米国には存在するからです。

それを知りつつ岡田中将は大日本帝國の法律に基づいた「処罰」であると答えるのです。例えその結果、自らの死が待っていようとも、自らのあるいは日本の行動が正しい行動であったという主張を貫き通したわけです。

どうして岡田中将がそのような選択をしたのか、現在に生きる全ての日本人が深く考えるべきだと信じています。



さて、あっという間に平成19年が過ぎ去り新たな年となりました。皆々様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

次回からは遙か以前に予告した長唄などの話題を取り上げたいと思っています。また、いまや世界に冠たる日本のアニメ(実は私は子供の頃からかなりアニメが好きです)やゲームなどにも触れ。伝統文化だけではなくポップカルチャーなどにも触れていきたいな~などと考えています。

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8月15日~英霊に感謝の気持ちを捧げる日

2007/08/15 20:58

 

お詫び

長期間にわたり更新を滞らせてしまい、アクセスしてくださった多くの皆様に心よりお詫びを申し上げます。また、多くの方にご心配をおかけしました。本当に申し訳ありませんでした。

おかげさまで足のケガの方はほぼ完治していたのですが、仕事の方が非常に忙しくなってしまい時間的な余裕が全くなくなってしまったのです。

ようやく一息つけるところまでたどり着きましたので、これから少しずつ更新を再開したいと思っております。

それにしてもアクセス履歴を見て本当に驚いてしまいました。これだけ長期にわたって更新を止めていたにもかかわらず、多くの皆様にご来訪いただき恐懼しております。

まだまだ元のようにはならないと思いますが、最低でも週に一回は更新できるよう努力いたしますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

更新を休んでいる間に頂戴しましたコメントにはできるだけ早くお返事をさせていただきます。







さて、今年も8月15日が巡ってまいりました。昭和20年の長く熱い一日を彷彿とさせるような真夏日で、靖国神社の上空には一片の雲もない晴れ渡った青空が広がっていました。

世の中では先の大戦を反省しよう、戦没者を慰霊しようとするための行事やテレビ番組が目白押しのようです。

もちろん、それらは大切なことだと思うのですが個人的にはそれより以前にまず第一にやらなくてはならないことがあると考えています。

それは幕末以来、日清・日露戦争から大東亜戦争の終結までに祖国を守るために戦陣に散華された英霊に対して感謝の気持ちを捧げることです。小泉前首相が靖国神社に参拝するたびに「心ならずも戦陣に散った・・・・・」という談話を発表していたように記憶していますが、私はこの言葉を聞くたびに大きな違和感を感じたものです。

もちろん多くの英霊ももっともっと生きたい、愛する人と共に歩みたいと思っておられたことは間違いのないことだと思います。しかし、それでも尚、多くの英霊は必ずしも嫌々ながら出征して行かれたのではないのではないかとも思うのです。

私が父や祖父、叔父たちをはじめ父の友人の方々の話を聞く限り、決して嫌々ながら戦地に赴こうとしてはいなかったように思うのです。むしろアジアを支配下に置いている欧米諸国をアジアから追い出すこと、そして何より祖国を守るための戦に身を投じることができるということに(語弊を恐れずに言えば)喜びを感じていたようにも思うのです。

もしもそうであるならば、徒に「反省」をするよりも「感謝」の気持ちを素直に申し上げる方が良いのではないかと思っています。



現在の繁栄した日本に生きる私たちが幕末に開国した頃の日本人の気持ちを想像することは難しいです。

しかし、ここは想像力をたくましくしてみたいと思います。

ある日突然、国際社会の荒海に放り出された日本人が見た世界はどのようなものであったか。現在は北朝鮮の拉致問題や核問題、シナの軍拡やロシアの傍若無人な振る舞いに大きな危機感を持つ人も増えてきましたが、明治の頃は正に弱肉強食の欧米諸国による帝国主義全盛の時代です。

当時の日本人から見れば北朝鮮問題などどれほどのことも無いと感じるのではないでしょうか?冗談抜きにいつ侵略されるか分からない状況、しかも侵略してくると想定される仮想敵国は、いずれも我が国と比べて圧倒的に強大な国力を有している国々だったのです。

そして現実にも四海を見渡せばほとんどのアジア諸国が欧米諸国の支配を受けている環境だったのです。

そして明治維新後の日本人は常にそうした大きな圧力に晒されながら国力を増強し、独立を守り抜こうとしてきたのです。たぶん当時のまともな日本人には「憲法で戦争放棄を謳えば侵略されることはない」などといった脳天気なことを考えている人はいなかったでしょう。

たしかに大東亜戦争では大敗を喫しました。しかし、大日本帝國が大東亜戦争を戦った戦争目的は日本の独立とアジア諸国の開放です。

現在の国際社会を見ればその戦争目的は立派に果たされているとは言えないでしょうか?現在の私たちが(問題は山積してはいても)何不自由なく幸せな生活を送れるのは、私たちの先達が「日本を侵略しようとするなら覚悟を決めてかかってこい」という強い意志を示してくださったからではないでしょうか?

そうであるならば、祖国を守りアジアから欧米帝国主義を駆逐しようと決意した父祖の世代の人々に対して第一に申し上げるべきは感謝の言葉だと思うのです。

今も昔も国際社会は基本的に力の論理で動きます。それでも現在はかつてに比べれば表面的には洗練されているようには見えます。

しかし、基本的な構造は何一つ変わってはいません。日本の領海で日本の漁船が拿捕され、国内から日本人が連れ去られ、我が国に核の照準を合わせる国が現実に存在しています。

私たちの先達が命がけで護ろうとした祖国の独立を全うすることこそが、現在に生きる私たちが戦陣散った多くの英霊や空襲や地上戦で亡くなった多くの方々に対する責任だと思います。

そのための教育基本法の改正であり、憲法改正のための国民投票法の成立であったはずです。現在の憲法は「国の独立を確固たるものにする」ためには大きな障害になるものです。

二度と祖国を戦場としないために、そのためにこそきちんとした防衛力の構築と国民意識を高めることが肝要だと考えています。

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ネコ・・・など    一部R18指定

2007/06/14 20:24

 



団十郎・・・・(;゚∀゚)=3ハァハァ











久しぶりのホットアップルパイ・・・(;゚∀゚)=3ハァハァ




以下、男子専用




































女の子たち









 

以下自主規制

R18
サービスショット iZa!では限界かな?

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